Tokyo DisneySea Photographs. and More Disney Specials!

何の変哲もないピンである。
非売品はおろかLimitedですらない、ユーロ・ディズニー(現・ディズニーランド・パリ)のピン。
このピンは、おそらく1994年以前に、中国のどこかで大量生産されたものだ。
どうして1994年以前と解るのか。なぜなら、1995年にはもう”Euro”の名前は、ディズニーランド・パリからは消えてしまっていたから。だからこのピンは遅くとも1994年にはこの世界に存在していたことになる。

”彼”が生れた1994年から、”彼”が世界のどこを旅していたのかは私は知らない。
ユーロ・ディズニーで”彼”を買った誰かの、部屋の片隅にずっと眠っていたのか、それとも世界のディズニーパークスのどこかをうろうろしていたのか、ともかく”彼”は、2006年には、アメリカはアナハイムのディズニーランドリゾートでピントレ用のピンとしてその身を置いていた。
そこで日本人の私と巡り合ったのだった。

私は”彼”と出会った時のことを今でもよく憶えている。
カリフォルニア・アドベンチャーのインフォメ。初老のおじさんキャストのランヤードに、ぴったりとくっついていたこのピン。
なんて素敵なピンなんだろう!と思った。早速にピントレを申し出て、このピンを手の平に乗せた時、『あぁ、このピンと一緒にいつかディズニーランド・パリに行くんだ』というビジョンがこころの中にはぼんやりと、しかしハッキリと浮かんだものだ。
私は大事に大事にこのピンを日本に持ち帰った。”彼”は何の因果か中国からフランスに渡り、海を越えアメリカへ、そしてさらに太平洋を渡ると日本へとやってくることになるのだった。

そして”彼”が日本に来てから5年後、この日。
めでたく”彼”は、”彼”の故郷に帰郷した。
おそらく”彼”が生れてから、17年がたった頃のお話である。

(人間とは不思議なもので、交流せずにはいられない生き物である。ミクロレベルで、旅だ留学だ国際結婚だあーだこーだをやり、マクロレベルで金融だ経済だ戦争だなんだかんだとやっている。
私が願うのは、せめてこの世界の繋がりが、ピントレの如く幸福ならんことを、という事である。幸福なのだ、ピントレは。それがこの世界の本質でもあると思っている。)

3 weeks ago
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